毎日エクステンション・プログラム
「稲作のルーツ&南宋文化の粋を訪ねる旅」 <報告・1日目>

<1日目> 8/24  出国・入国 & 歓迎夕食会

出発当日の東京は、台風15号・16号が接近する中、気温27度前後の比較的涼しい曇り空の朝となりました。集合時間の午前8時50分までに、成田国際空港の第1ターミナル南ウイングに成田発着組のメンバー全員が集合し、互いに再会の挨拶を交わした後、長蛇の列を横目に自動搭乗手続機にて早々に搭乗・出国手続きを済ませました。出発までの時間、関係者へのお土産の買い物等を済ませた一行は、上海(浦東)行き9:50発HN919便の搭乗案内を待ちました。この間、関西空港10:15発のJL891便で単独参加の女史と連絡を取り合い、こちらも無事、搭乗・出国手続きが済んだことをメールで確認しました。

機内はほぼ満席状態で、定刻より遅れての離陸となりましたが、飛行そのものは台風15号の影響も少なく、機中では機内食後、機内映画を鑑賞したり、仮眠を取ったりして過ごしました。約3時間が経過し、NH919便はほぼ予定時間通りの12:00に気温30度、大雨模様の上海浦東国際空港・第2ターミナルに到着しました。

到着ゲートから空港内の通路を入国審査へと進む途中、第1ターミナルに先着済みで関空からの女史を出迎えているはずの全線ガイドの劉さんに電話連絡をしたところ、慌てた様子で、上海一帯が“洪水”の影響で、北京からの国内便が南京の空港に回されたため、これから上海経由で杭州に向かうとのことでした。早速、北京の中国旅行社総社の責任者と緊急連絡を取り、一行だけで杭州に向かう旨伝えたところ、外国人の新幹線チケットの購入手続きは身分証明が必要で面倒だから、上海の旅行社の者に虹橋空港駅まで来てもらうので、待ち合わせるようにとのことでした。
厳重な入国審査も問題なく済ませ、無事入境手続きを終えた一行は、各自、スーツケースをピックアップして大勢の出迎え客で賑わう到着ゲートを通り抜け、広いコンコースの「動く歩道」を利用して約500m離れた待ち合わせ場所の第1ターミナルの国際到着口へと急ぎました。しかし、関西空港からのJL891便はほぼ予定通りに先着していた模様ですが、辺りに女史が見当りませんでした。携帯電話で何度も連絡を試みても繋がらず、心配を募らせていたところ、一行のお一人が念のために携帯メールで発信すると、しばらくして返信があり、ガイドの劉さんが見つからないので、第2ターミナルに移動して後着組を待っていたとのことでした。こうして一行が勢ぞろいしたのは当初予定より約1時間遅れとなっていました。


高速列車


午後1時30分、第1ターミナル正面玄関前から始発のリムジンバスを利用し、一行は新幹線始発駅のある虹橋国際空港へと向かいました。車窓から見える空港周辺は大雨の影響であちこちの道路が冠水しており、何台もの車が水溜りに放置されていました。雨降る中、上海市内の高層ビル群の間を複雑に交差して延々と続く高速道路は、やがて虹橋空港に近づくにつれて渋滞が酷くなり、やっとの思いで虹橋空港の第2ターミナルに到着した時には既に午後3時近くになっていました。

ここで再び中国旅行社総社の責任者と連絡を取り、既に上海の旅行社の方がそちらに向かっているので、直接、連絡して待ち合わせるようにとのこと。早速、その方に連絡し、浦東空港からリムジンバスで到着し、第2ターミナル3階の国際線出発ロビーの4番、6番入口前で待機している旨、伝えましたが、彼は一向に現れず、何回か連絡を繰り返している内に、北京からの指示で新幹線駅の4番付近で待ち合わせていることが判明しました。ここでも1時間以上待たされた一行は怒りを抑えつつ新幹線の虹橋駅へと急ぎましたが、ここでも彼は地下鉄かタクシーで移動するというので、何度も空港と新幹線の駅は地下道で繋がっているはずだと言っても聞き入れられず、地下鉄乗り場へと急ぎました。途中、地下鉄乗り場への案内とともに立派な「火車」駅への案内があり、やっと間違いに気づいた様子で、彼は地下道の存在を知らず、わざわざ地下鉄で移動していたとのことでした。

新幹線虹橋駅の広大なコンコースは大勢の乗客で混雑しており、彼にパスポートを渡して新たなチケットを一括購入してもらうことにしましたが、ここでも彼はなかなか現れませんでした。午後5時近くになって、一行のイライラは募るばかりでしたが、17:04発の杭州東駅行きのチケットを持って現れた時はホッとしました。彼との別れの挨拶もソコソコに、混雑する中を急いで2号車の指定席へ進むと、日本の新幹線グリーン車とは大違い、横3席のリクライニングの航空機ビジネスクラス並みの豪華な車両で、お菓子と飲み物のサービスもあり、一行はそれまでの疲れも忘れての大喜びでした。


高速列車


約2時間遅れのG7563列車は 17:04に虹橋駅を発車し、徐々にスピードを増しながら、高層マンションの立ち並ぶ上海市の西郊外から杭州市の東郊外へ向かって進んで行きました。途中、時速300キロ超のスピードで快走する車窓からは、並走する高速道路とともに、大規模な工場や近郊のマンション群が飛び交い、曇り空の下からは夕日が漏れ輝き、遠くには低い山々や緑濃い田園風景が延々と連なっていました。当初は1等席のつもりが後日、ビジネス席だったと分った快適な旅は、あっという間の1時間で杭州東駅に到着しました。

約2時間遅れの午後6時過ぎ、大勢の人混みで賑わう杭州東駅南出口に、現地ガイドの洪益良さんが満面の笑顔で一行を出迎えてくれました。早速、12人乗りワゴン車に誘導された一行は、予定していた浙江省文物考古研究所への表敬訪問を諦め、帰宅ラッシュの杭州市内を北北西へと進んでホテルのある良渚文化村へと急ぎました。

午後7時30分、杭州市の北西郊外に位置するリゾートホテル「良渚君瀾度酒店」に到着すると、ロビーの玄関先で今回、お世話になる孫国平先生達が待ち構えたように笑顔で出迎えてくれました。初対面の御挨拶を済ませた一行は早々にチェックインを済ませて、良渚文化村内にあるレストラン「知味観」での「歓迎夕食会」に臨みました。

夕食会には浙江省文物考古研所の孫国平先生、鄭雲飛先生、王寧遠先生、浙江省博物館の黎毓馨先生、他1名の5名もの先生方が参加され、我々・考古学訪中団一行を熱烈歓迎してくれました。日本語の達者な鄭雲飛先生が通訳代わりとなり、孫先生の歓迎挨拶と先生方のご紹介があった後、一行からは感謝の挨拶とこれまでの考古学ツアーの紹介があり、乾杯。初対面ながら、ともに北京大学の徐天進先生の教え子だと言い合いながら、和やかな雰囲気のもとでの「歓迎夕食会」となりました。

孫国平先生は「河姆渡遺跡」をはじめ長年、稲作関連遺跡の発掘作業に携わられており、特に2004年から始まった金沢大学、北京大学等との日中共同の発掘調査で世界最古の茶畑遺構が発見された「田螺山遺跡」の発掘責任者として知られ、現在も日本側の中村慎一・金沢大教授と周辺の発掘作業を続けられています。鄭雲飛先生は日本の宮崎大学に留学され、藤原宏志先生の下でプラント・オパール分析を学ばれた浙江省における稲作起源研究の第一人者です。浙江省で近年相次いで発見された上山遺跡、小黄山遺跡、跨湖橋遺跡のイネ遺存体等について、籾の形状、小穂軸脱離痕の特徴、プラント・オパールの形態などを根拠に、浙江省の稲作が1万年前にまで遡るとの説を展開されています。


夕食


夕食会では日本から持参したこれまでの「北京大学サマーキャンパス」のレポートに先生方は興味を持たれ、恥ずかしながらも提供する運びとなりました。また、今回の考古学ツアーでは長江文明の一環である「稲作のルーツと南宋文化の粋」について幅広く学びたいとの申し出に対して、孫先生から各遺跡ではそれぞれの専門の先生方が特別に同行して解説していただけるとの話に、一行の期待は一段と高まりました。

午後9時30分、翌日からの見学に備えてお開きとなり、多難な第一日目のスケジュールを何とか無事に終了しました。ホテルに戻ると全線ガイドの劉さんはまだ未到着でした。

 「稲作のルーツ&南宋文化の粋を訪ねる旅」 報告

報告 1日目 出国・入国&歓迎夕食会

報告 2日目 「特別講義」&「良渚博物院」「良渚遺跡」

報告 3日目 「欄亭・魯迅故居」&「河姆渡遺跡博物館」

報告 4日目 「田螺山遺跡」&「上林湖越窯遺跡」「跨湖橋遺跡」

報告 5日目 「浙江省博物館」&「南宋官窯博物館」「杭州博物館」

報告 6日目 上海移動&出境・帰国


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